カギかっことクオテーションマークは違うの!?

       

曲げたピースサインみたいなアレ

  『オースティン・パワーズ』という映画、分かります? 翻訳学校で引用符の使い方を説明するときにいつもこの質問するのですが、もうずっと「観ました!」と元気よく答えてくれる人がいない……。

 

  それでもこりずに『オースティン・パワーズ』を例にあげると、Dr. イーブルが“a laser”と言うときに両手の人差し指と中指を曲げるやつ。なんかかわいいあのアレです。エアクオート(air quote)というこのしぐさ、最近ではあまり見かけない気もします。ダブルクオテーションマーク(二重引用符)を意味しています。

 

  というわけで、英語の“クオテーションマーク”と日本語の「カギかっこ」が今回のテーマです!

 

何かと使われる「カギかっこ」

  日本語の文章でカギかっこはわりと大活躍します。台詞、誰かの発言や本から引用するとき、製品名を出すとき、なんかうまい表現が思いついたからちょっと強調したいとき……。さらには最近だと英語のクオテーションマークも日本語の文章で使われるようになってきました。

 

  英訳するときに、全部そのままクオテーションマークに置き換えるとおかしなことになります。カギかっことクオテーションマークは使い方が違うのです。どんな「違い」があるのでしょうか?

 

英語では……

作品名を出すとき

  作品名にはイタリックを使うのが最近の主流なのですが、引用符を使うスタイルもあります。本や映画のタイトルだと“ダブルクオテーションマーク”で、曲や雑誌記事のタイトルだと‘シングルクオーテーションマーク’というきまりも。ダブルとシングルの使い方が逆の流派もあります。(とはいえ、製品名などにはつけないので英訳のときには要注意。)

 

特殊な用語を使うとき

  特殊な用語であることを示すためにも使われます。Dr. イーブルのエアクオートはこれにあたります。エアクオートを使って「(きみたちは知らんだろうが)レーザーというのだよ」と最先端の難しい専門用語を披露したつもりが、今ではレーザーなどみんな普通に知っていた、というあのくだりです。

 

引用符というだけに……

  ですが、基本的にクオテーションマークは引用に使います。間違って引用してしまったらいけないので、一字一句きちんと正確に写します。長すぎる文を途中省略する際には、省略したことを省略記号(…)でちゃんと示します。「元の文章では主語がItなどの代名詞なので分かりづらいため、引用では元の主語をおぎなった」などという場合には、引用者が手を加えた箇所をブラケット([])で囲みます。

 

今日の本題、「 皮肉の引用符」

  引用ではなく、数語の短いフレーズや単語に引用符をふった場合……。これが翻訳者にとっては問題です。「皮肉の引用符」(英語だとscare quotesとも)というもので、書き手がその表現と距離を置きたいときに使います。

 

  皮肉の引用符と言っても、強い皮肉や批判の意味(「こう言われているけどちゃんちゃらおかしいですよね」)から、「世間ではそう言われているが?」程度の意味合い、もっと皮肉の意味が薄まるとただの「いわゆる」まで、書き手の距離感によって意味合いの幅はあります。

 

クオテーションマークをつけたら正反対の意味に!

  日本語の文章では強調したいところにカギかっこをつけることがあります。これをそのまま英語でクオテーションマークにしてしまうと、この皮肉の用法にとられてしまう危険性があるのです。

 

  たとえばこんな原文があったとして……
日本語の文:政治家にとって必要不可欠な資質は「誠実さ」です。

カギかっこをそのままクオテーションマークにすると……
英語の文: “Integrity” is essential for politicians.

 

  どうでしょう? 英語の文だと、「誠実な政治家なんているわけないが、誠実そうに見せる能力は不可欠だ」とでも言っているようです。

 

  強調したつもりが反語や皮肉の意味になってしまったら大事件。カギかっこの訳し方にはくれぐれもご注意を。