メールをざっくり訳された!?

       

メールの英訳がとにかく短い!

要点だけ訳してるの?

  最近ではビジネスメールで時候の挨拶を使う人はあまりいません。簡潔に、用件のみをまとめるのがビジネスメールの書き方、と説明する記事も見かけます。

 

  それでも、日本語のメールは英文にくらべて丁寧です。「メールの英訳を頼んだら、えらく短いのが返ってきた!」という経験はありませんか? 翻訳者に聞いてみれば、「ざっくり要点だけ訳したわけではないんですよ」という答えがきっと返ってくると思います。

 

  半分以下の長さになっていても?
 一体どういうことなのでしょうか?

 

メールを英訳してみよう

  では、具体例を見てみましょう。典型的な書き出しはこんな感じです。
「いつも大変お世話になっております。
株式会社△△の田中です。 」

 

  そして、たとえば資料請求メールを送るならこんな感じでしょうか。
「このたび、御社のホームページを拝見し、 掲載されている御社の製品『XXX』につきまして、当社で購入を検討しております。
恐れ入りますが、 関連資料を以下の住所までお送りいただけますでしょうか。 」

 

  結びは大体こう。
「ご多忙のところお手数をおかけして大変恐縮ですが、 何卒よろしくお願いいたします。」

 

  これはごく一般的な日本語のビジネスメールです。しかし、これを訳すとなったらどうでしょう。意外に一筋縄ではいきません。

 

そう言うか、言わないか。

お約束ごとの書き方

  まず、出だしの2行。
「いつも大変お世話になっております。
株式会社鈴木の佐藤です。 」
いきなり訳しだす前に、ちょっと考えてみましょう。

 

お約束の定型文は?

  英語で「お世話になる」に相当する挨拶はないと思います。挨拶文ではなく、たとえば「叔父さんには大学時代にすっかりお世話になって」という文脈だったら、 “My uncle took a really good care of me when I was in college.”などと言えますが。

 

  さらに、英文メールでは冒頭で名のりません。これを“This is Tanaka from Suzuki Corporation.”と訳すと変な感じです(しかも、英語だったら苗字だけ名のるのは違和感が)。

 

  英語でもこういうお約束の挨拶があれば、それを訳に使えばいいのですが。“Dear Sir/Madam”で始まるとても丁寧な手紙なら、“I am writing to inquire about your …”と訳すところです。でもこれだと、普通の資料請求メールには硬すぎます。

 

  というわけで、のっけから2行カットです。さぼっているわけでも省略しているわけでもなく、文化の違いを考えた上での「訳さない」という結論です。

 

本文はさすがに短くできないでしょう?

  それでは、本文はどうでしょうか。
「このたび、御社のホームページを拝見し、 掲載されている御社の製品『XXX』につきまして、当社で購入を検討しております。
恐れ入りますが、 関連する資料を以下の住所までお送りいただけますでしょうか。 」

 

  これを訳すと、英語ではかなり簡潔になります。
“Could you send us a brochure of your product, XXX, to the following address, please?”

 

用件の切り出し方にも作法がある

  日本語ではいきさつから入るのが普通ですが、英文では “We came across your product on your website.”などと説明しません。「購入を検討している」というのも、言わずもがなですので言わなくて大丈夫です。“We’re looking into the possibility of sending in a large order on a tight schedule.”(急ぎの大口注文を検討中です)など、言うだけの価値のある情報なら別ですが。

 

  英語ではお手数をおかけして大変恐縮もしません(イギリス英語はまた別の話)。また、よろしくお願いする慣習もありません。ですので、結び(「ご多忙のところお手数をおかけして大変恐縮ですが、 何卒よろしくお願いいたします。」)はさらに短くなります。“Thanks for your help.”

 

  ぶっきらぼうに聞こえるでしょうか。“Your help is much appreciated.”など、もっと丁寧なお礼の言葉もあります。ただ、それは本当にありがたく思ったときの表現です。ここで使うと大げさに聞こえます。

 

ビフォーアフター的なあれ

  というわけで、これだけ長くて丁寧だった原文が、
 
【原文】
「いつも大変お世話になっております。
株式会社△△の田中です。
このたび、御社のホームページを拝見し、 掲載されている御社の製品『XXX』につきまして、当社で購入を検討しております。
恐れ入りますが、 関連する資料を以下の住所までお送りいただけますでしょうか。
ご多忙のところお手数をおかけして大変恐縮ですが、 何卒よろしくお願いいたします。」

 

  こんなに短く簡潔な英文になります。
 
【訳文】
“Could you send us a brochure of your product, XXX, to the following address, please?
Thanks for your help.”

 

表現の重みは同じ

  訳抜けがあるわけでも、大雑把に訳したわけでもありません。「日本語ではこういう状況でこう言う」というのを「英語ではこういう状況でこう言う」に置き換えるとこうなる、というだけの話です。

 

  それぞれの表現の価値、重みは同じです。これを、文字面だけなぞって「忠実に」訳すと、かえって表現の重みが違う、正しくない訳になります。

 

英語ではそう言わないのに無理やり訳すと……

  たとえば結びの部分をこう訳したらどうでしょうか? “I’m sorry to trouble you when you’re very busy, but could you help me with that, please? I thank you in advance.”

 
 

  英語ではこういう書き方を普通しません。普通はしない書き方で訳すと、読み手はそこの部分が気になります。強調されてしまうのです。日本語の文章ではごく普通の書き方しかしていない。つまり、重みがほとんどない表現なのに、訳文ではここのくだりにもともとなかった重みがのせられてしまいます。

 

  だから、ずいぶんぶっきらぼうだなと感じるかもしれませんが、 “Thanks for your help.”となります。これがこういう場合に普通に使われる英語の表現だからです。英語の文化では、これが原文と同じ重みを持つ表現なのです。

 

「翻訳=単語を訳す」じゃないのです

  翻訳は、言葉だけでなく文化も訳します。「同じ意味の言葉」というだけでなく、「同じ重みをもつ言葉」を探しあてるのが翻訳です。

 

  「妙にすっきりとした訳文が返ってきたな」というときには文化の違いを感じ取っていただけたらうれしいかぎりです。