カタカナ言葉に気をつけて

       

カタカナになっている言葉って?

  カタカナ言葉は翻訳者にとって要注意です。原文で見かけたら脳内でサイレンが鳴るくらいに。これは英訳だけでなく和訳でも同じことです。「ナイター」や駅の「ホームドア」などのカタカナ英語はもちろんのこと、「クレーム」や「コンプレックス」といったカタカナになっている言葉も危険。日本語の文章でも英語の文章でも、カタカナになっている言葉を見かけたら、「いたいた」とチェックしておきましょう。

 

外来語と カタカナ英語

  「カタカナになっている言葉」というのは、つまり外来語のことです。もとは外国語を日本語に訳した言葉だったのが、今ではすっかり日本語として市民権(国籍??)を得ています。

 

  そして、カタカナ英語というのは、外来語のような顔をしていますが、実は日本発祥の純然たる(?)日本語の言葉のことです。英語のふりした日本語なのですね。「トライ&エラー」のような、まちがったカタカナ言葉(本当ならトライアル&エラー)もカタカナ英語と呼ばれます。

 

そのまま訳すの、ダメ、絶対

  外来語も、カタカナ英語も、「そのまま訳すわけにはいかない」というのは同じ。外来語はよく使われるから日本語になったわけで、よく使われるということは、今の使い方はもともとの使い方とは離れている、ということなのです。元の英単語とはかけはなれた別の言葉と思っておいたほうがよいでしょう。カタカナ英語はそもそも日本独自の言葉なので、当然、“もと”の英単語とは別の言葉です。

 

アピールってappealのことじゃないの?

  英訳で要注意なのが「アピール」。よく使われるカタカナ言葉です。さきほど述べたとおり、よく使われるということは、元の使い方とは離れてしまっている、ということ。それでは、どう違っているのか見てみましょう。

 

「アピール」は重たい言葉だった!?

  日本語で「アピール」は「セールスポイントを売り込む」ことを意味します。「自己アピール」というと自分の良いところを人に知ってもらおうとすること。若者言葉で「アピる」とも。こういうと軽い印象の言葉です。少なくとも、重々しいイメージはありません。

 

  ところが、元の英単語の“appeal”は、決して軽い言葉ではありません。
ODEは動詞のappealをこのように定義しています。
1 make a serious, urgent, or heartfelt request:
Police are appealing for information about the incident
She appealed to Germany for political asylum
◾(appeal to) try to persuade someone to do something by calling on (a particular principle or quality):
I appealed to his sense of justice
◾[Cricket] (of the bowler or fielders) call on the umpire to declare a batsman out, traditionally with a shout of ‘How’s that?’:
2 [Law] apply to a higher court for a reversal of the decision of a lower court:
He said he would appeal against the conviction
[with obj.] They have 48 hours to appeal the decision
3 be attractive or interesting:
The range of topics will appeal to youngsters

 

  1(「乞う、求める、要請する」、「訴えかける」)も2(「上訴する」)も重いですね。唯一、3(「魅力がある」)が重くない。これが日本語の「アピール」に一番近い用法です。

 

appealは魅力的というだけ?

  “be attractive or interesting”といっても、そのまま言い換えることはできません。ただattractiveだったりinterestingだったりするわけではなく、大事なのは「誰かにとって」という部分です。

  ODEの例文を使ってどういうことか説明しましょう。“The range of topics will be attractive.”や、“The range of topics will be interesting.”とは言えても、“The range of topics will appeal.”とは言えない、ということです。ここで文を終わらせてしまうと、「誰に対して?」と質問が飛んでくるはずです。

 

appealは「外に向かって働きかける」動詞

  「『~に対して』という部分が大事」と言ったのは、appealという言葉がそもそも「外に向かって働きかける」意味を持つからです。たとえば、次の2文を比べてみてください。
“I find A’s boyish charm attractive.”(「Aさんは少年っぽさがあって素敵な人だ」)
“A’s boyish charm appeals to me.”(「Aさんって男の子って感じで素敵ね~」)
appealの場合、単にAさんの性質を客観的に説明しているのではなく、Aさんの魅力を感じている、Aさんに魅せられているのです。

 

  こうしてみると、「訴えかける」も、「要請する」も、「上訴する」も、「魅せる」も、共通するものがあります。appealは「外に向かって働きかける」言葉なのです。

 

アピール=appealじゃないのです

  「アピールする」という日本語の使い方も、あながち大きく外れたものではなさそうですね。とはいえ、アピールの「~の魅力、セールスポイントを売り込む」という使い方はappealにはないので、そのまま英語にするわけにはいきません。「当社の新しいXシリーズの魅力をアピールする」を“We make an appeal for our brand new X series.”とは訳せません。それに、“In a dire need of humanitarian support, the nation appealed to the international community.”は「人道的支援を切実に必要とする〇国は、国際社会にアピールした」とはなりません。

 

カタカナ言葉は独自の進化を遂げた言葉!?

  このように、カタカナ言葉はもともとの使い方とは離れた日本独自の使い方ができあがっていることが多いのです。カタカナ言葉を見たら、まずそのまま訳すことはできないな、と警戒しましょう。