ぼかしたい日本人と、具体的に言ってほしい英語ネイティブ

       

「など」や「ら」ほか、ぼかしなどに使われる言葉

  日本語の文章でよく使われるのが「など」です。特に官庁の文章でよく見ます。財務省のホームページでも、新着情報のセクション名からして「新着情報(報道発表資料等)」と「など」がついています。事件の報道でよく耳にするのが「などの疑いで捜査」ですね。言い切る方が珍しい感すらあります。

 

「等」などに泣かされる英訳者

  英訳で苦労させられるのが、このしょっちゅう出てくる「など」です。官庁の文章を英訳する場合は、勝手に「など」を省略するわけにいきません。英文では同じ表現を繰り返さないのが文章のうまさなので、訳者の腕が問われるところです。“A, Including B”、“A and other XXX”など、あの手この手で何とか「など」をうまく文に入れ込みます。etc.(エトセトラ)がやたらと出てきたり……(使い方が十中八九まちがっているのですが、それはまた別のときに)。

 

「など」はかならず訳すもの?

  しかし、一般的な文章でそこまで「など」につきあう必要はあるでしょうか。「ただ何となく言い切りたくないだけ」の「など」だったら? 意味はほとんどないですよね。

 

  そういう「など」をせっこらせっこら訳すと、実は逆効果なことも。英語ネイティブにとっては、“and so on”や“among others”といった「ほかの存在」を示唆する表現は、「ほかって何?」ともやもやするそうです。

 

日本語と英語の記事を比べてみよう

日本語の記事では……

  たとえば、「プエルトリコ知事が辞任発表 同性愛者ら侮辱で大規模デモ続発」という記事を見てみましょう(時事通信社、2019年7月25日14:56)。チャットで「同性愛者や女性、貧困者を侮辱するメッセージをやりとりしていたことが発覚し、大規模抗議デモが発生」し、辞任に追い込まれたそうです。

 

  この記事の見出しには「同性愛者ら侮辱で大規模デモ続発」とあります。この「ら」というのも「など」と同じことです。記事のまとめでは、「同性愛者や女性など」とあります。ひとつ増えました。本文でようやく、「同性愛者や女性、貧困者」と、「など」はなしで挙げられています。多分これで全部なのでしょう。

 

  ひとつずつ項目が増えていくのがピースを集めていく感じです。最後にようやくすべてが明かされる、というと大げさですが。とにかく、ほかにも要素があるときには「など」を入れないわけにはいかない、という感じです。

 

英語の記事でも「など」は使われてる?

  では、英語ではどのように報道されているでしょうか。AP Newsの記事(“‘Chatgate’ scandal throws Puerto Rico’s governor into crisis”, by Michael Weissenstein and Joel Colon, July 17, 2019)だと、2段落目で“a profanity-laced and at times misogynistic online chat”と出てきます。

 

  それから次の段落で具体的に知事の言葉が引用されています。ある女性政治家を“whore”や“daughter of a bitch”と呼んだり、太った男性を馬鹿にしたり、同性愛者の歌手リッキー・マーティンを侮辱したりと、お仲間とのチャットで暴言のかぎりをつくしていたようです。とても具体的に書かれています。

 

  ほかBBCやWashington Postでも調べたところ、ハリケーン被災者のことも馬鹿にしていたようです。これが「貧困者」にあたる部分なのでしょうか。

 

日本語と英語の文章の違いがそこに

日本語の「など」は「ほかにもあるよ」の断り

  日本語の記事では、見出しから省略語を使っています。本文内でも、三つの要素(「同性愛者や女性、貧困者」)のひとつでも落ちていたら、「など」を使って「ほかにもあるけどね」と断っているようです。具体的に書くのではなく、「同性愛者や女性、貧困者を侮辱するメッセージ」とまとめて説明しています。

 

英語ではひとつのことを具体的に

  一方、英語の記事は具体的です。実際にどういう発言があったのか書かれているので、「こういう感じの会話か」とよく分かります。逆に、攻撃された人を毎回全員挙げてはいません。“including”などの言葉で「ほかにもいるけど」と断りを入れることもありません。触れないときはスパッと触れない。

 

  「女性蔑視や同性愛主義者差別の発言」という風にまとめるのではなく、「誰々をこう侮辱した」とはっきりと書かれています。たしかに、こういう書き方に慣れていたら、「XXやYYなど」と書かれると「などって、ほかに誰がいるんだろう?」ともやもやするかもしれません。

 

書き方の違いが分かっていれば、訳文にも差が出てくる

  「など」を使ってまとめて説明する日本語の文章と、ひとつひとつを具体的に書く英語の文章の違いが見えてきます。もちろん、ふたつの記事はごく一例にすぎません。とはいえ、これは一般的な違いです。なので、英訳のときに原文どおり「など」をいちいち入れていると、英語ネイティブにとっては読みづらい文章になってしまいます。

 

  自分で書いた文章ではないので、完全に英文の流儀で書くわけにはいかないのが翻訳のつらいところです。原文を改造するわけにはいきませんから。とはいえ、この違いを意識しているかいないかで、訳に大きな差が生まれます。

 

見出し命のマーケティング文書だと

  最後にマーケティングの観点からもう一点。「XXX(製品名)などで知られるA会社が新製品Bを発表」という見出しがあったら、どう訳しますか?

 

  “A, famous for XXX, launches a brand new product, B”と、ここはすっぱり「など」は切るところですよね。これが“A, famous for XXX and other products, launches B”では見出しとして押し出しが弱くなります。

 

  見出しはインパクト勝負。マーケティング文書なら、日本語の「など」にはつきあいすぎない方が賢明です。